月別: 2018年9月

考えているようで考えていない

私は、父と母と祖母の4人家族です。
父は朝から晩まで仕事、母は千歳船橋の調剤薬局にお昼頃仕事に出かけます。祖母は午前中は趣味のためのお出かけをし、お昼には帰ってくる生活です。私は仕事の都合で家を出る時間が決まっておらず、朝に家を出るときもあれば夕方に家をでるときもあります。
またどこの家庭もそうだと思いますが、我が家も出かけるときや寝る前に必ず家の鍵をかけ、泥棒に入られないように気をつけています。
ある日、私が夕方に家を出るときがありました。母が家を出る前に私に向かって、「家を出るとき、必ず鍵をかけてね」と伝えてきました。私が夕方に家を出るときは毎回こう言ってから出かけます。毎回のことだったので、私は母に「いつものことだから分かってるよ!」と言いました。そして出かけるときにいつも通り鍵穴に鍵をさし、鍵をかけて出かけます。
そしてその夜、一番に帰ってきた母が気がつきます。鍵が鍵穴にさしたままになっていたのです。私は鍵を鍵穴にさしたことで満足し、鍵がかかっていないだけでなく、鍵を鍵穴にさしたままの状態で家を出てしまったのです。
その夜、私が帰宅してからそのことを指摘されました。母は怒るというより、私の注意力散漫さに驚き心配していました。これより前にも、お風呂の栓をせずにお湯をためようとしたり、寝る前に冷房のタイマーをセットするのを忘れて、朝起きたら風邪を引いていたりと、例を挙げたらきりがありません。
今までに金品を盗まれたり、命の危険が無かったことが幸いですが、これからは気を引き締めないといけないなと思っています。

自分に勇気のもてないとき…情けなく感じる

素直に自分の感情を表現することができないとき思います。
例えば、渋谷の処方箋薬局に勤めている時、結婚したい男性がいました。
今まで付き合う事も両親には自分から告げることがなかなかできませんでした。
なぜかそういった話を両親としたことはありませんでした。友人たちはすみずみ話す人もいたし、そういった話を聞いたらすごいな程度にしか思っていませんでいた。
4年前の話になります。
私には3年付き合っている彼がいます。
その人からプロポーズされたため結婚したいと思っています。
ただ、そのあとどういう段取りで物事を進めていけばよいのか全くわかりませんでした。
親に伝えることがなかなかできず、とうとう彼に両親と会いたいといわれました。
しかし、急遽連れていき、結婚します
なんて普通の両親なら激怒ですよね
とりあえず付き合っている人がいるから話すのになかなか時間がかかりました。
そのあと、彼がどういった方か話
将来こうしたいという話をしました。
しかし、両親のタイミングは結婚はまだはやいの一言でした。
私がもたもたしている間に彼の両親はいつでも受け入れOKと、新居のことまで考えだしました。
うちの家との温度差が徐々にではじめ
次第に自分がなかなか両親と話すことができなかったのを悔やんできました。
彼は自分の親にちゃんと伝えて結婚の許しをもらっているのに
私は自分の親にちゃんと彼がどういう人で、彼とどうしたいということが伝えれませんでした。
結局、彼がうちの親が納得するまで待ってくれることになりました。
親に自分の気持ちを伝えるのがこんなく大変なんだということを改めて自分の中で感じ
自分の思いも伝えられないなんてなんて情けないんだと思いました。
しかし、今ではちゃんと許しをもらい結婚しました。

太ったせいで、レスになってしまい自分が情けない。

自分が情けないと思う時は、太っていることです。

10代20代の時はスタイルに自信があり、どんな洋服も着こなすと言った感じで、流行やトレンドを沢山取り入れて、いっつも話題の中心でした。
元々顔立ちもハッキリしているので、原色を好み赤や青、黒白コーデ、ほどよい露出も出来ていました。
しかし、30歳を過ぎると、以前より、食べる量は明らかに減ったのに、体重が年々重たくなってきました。

お気に入りの洋服は全く入らなくなり、着る洋服と言えば、体系をカバーするものばかりで、お尻や、おなか周りがゆったりしたものしか着なくなってきました。

太っている自分が情けなくて、お腹の脂肪を、包丁で切り落としたい衝動に何度もかられました。

色んなダイエットを試しても、3キロも痩せるのが難しく、綺麗な顔立ちだったのに、今では二重顎の、まん丸顔になってしまいました。前髪カットしても隠せません。1番ショックだったのは、主人が、夜の営みをしてくれなくなったことです。

結婚詐欺だと言われて、痩せていた頃に出会って、結婚したのですが、太っている私が気に入らないのか、痩せるまで「エッチしてやらない」などと言われて、1年くらいレスです。痩せればいいだけの話なんですが、何をしても痩せなくて、食事制限をしたり、糖質制限をしたり、ジムに通ってみたり、エステも何十万もかけて、行きましたがなんの効果もなく、主人が言うには、私は本当に、食べる量が少ないのに、何でそんなに痩せないんだと、不思議がられます。

とにかく、自分が情けなくて、しかも、愛する主人に相手にしてもらえないので、欲求不満も溜まる一方です。

とにかく情けないです。

自分勝手で、顔色を伺う育児

育児で思うようにいかずイライラすることは誰にでもあることだと思います。特に言葉の通じない乳児やイヤイヤ期、そして少し反抗を始めた3歳くらいの子どもを複数かかえると自分を保つのに精一杯です。

子どもは産まれたばかり、3歳の子どもだってまだ3年しか生きていないのだから思う通りにならないのは当たり前なのですが、どこかでもう少し、、という期待をしてしまうのも親だと思います。

冷静になるとこうやって、まだ小さいとか幼いとか分かるのですが自分がいっぱいいっぱいになった時にきつく叱ってしまうのが情けないと思います。どうして言うことを聞かないの、いい子に出来ないの、、こう言ったことを言ったところで意味のない事は理解しながらも自分を抑えられなくなります。

きまって子どもは泣き、怒られる事で次怒られないようにと顔色を伺うようになり、その仕草まで情けなくなりまた怒ってしまうの繰り返しです。

公共の場や幼稚園、南流山の調剤薬局、さらにはレストランなどでいい子にさせなきゃいけないという強迫観念からもそういった緊張感溢れる親子の仲になってしまっています。少しでも騒いだら迷惑だ、ダメな育児をしている親だと思われたくないと言うなんとも自分勝手な理由です。

こんな人の顔を伺っているのは自分で、子どもは同じことをさせたくなかったのに、もっとのびのびと育てたいのにうまく行きません。真面目だと言われたらそうなんでしょうが、もっと子どもが楽しい毎日を送れるそんな親になりたいです。

おとうふの優しさ…(それでもボクは生きていく)

新宿の調剤薬局近くの銀行に勤めて若手だった頃のお話しです。
通らなかったご融資の案件は、いつまでも覚えていたりしますし、ふとしたときに
思い出してしまうことも少なくないのです。
さて、賑わいは衰えても商店街には、地元のおとうふ屋さんが1件はあったりします。
私の担当するエリアに商店街があり、そこにもおとうふ屋さんがありました、お店は古く、
なじみも多い、近々、修行したご子息が戻ってきて継ぐことになっていました。
こちらのお店は、もともと老若男女広い客層を獲得しておられましたので、この機会に
改装を核とした設備を含むリニューアル計画に必要な融資のお話しを受けました。
しばらくして、ご子息も店先に立ち、顔も売れ、その姿も商店街に馴染んできまし。
あたりも明るい雰囲気になり、お店のためにも、この商店街のためにも、どうしても通したい
案件でした。若い継承者がいるのだから大丈夫だろうと思いつつ、
情報をかき集めて、お話しをうかがい、何度も書き直して稟議書を起案しました。
でも、地域の急速な経済力の落ち込みやら、中小零細に対する若干慎重となる環境が
壁となったのか否決。上長同行もしたのに、なぜ。
大将が「お宅に口座あるだけでもいいやって思わなきゃね、せがれと一緒にもう少しがんばって
みるよ。これ体にいいよ」って豆乳をくれました。
大将ごめん、こっちの力不足だ、ごめん。本当に。
豆乳の入った容器のほんのりとした暖かさが身にしみて、本当に情けなかった。

持久力が無く何事も続けられません。

自分には根性がなく持久力が無いのが情けなく思います。
昔から瞬発力はあるのですが、持久力が無く何事も続けられません。
禁煙、ダイエット、勉強・・・。
初めから勢いよく初めて途中までとても良い調子で進むものの、だんだんとだれてきて失速し、いずれやらなくなります。
きっと自分に甘いのでしょう。やらない言い訳ばかり探してしまいます。
最近特にそのことを痛感したのは仕事における知識の習得、資格の取得勉強です。
以前から仕事関係の資格を取らなければ、と思っているにも関わらず勉強が続かず途中で挫折してばかりです。
直接日々の業務に役立つわけではない、とか、この資格を取ったからと言って給料が上がるわけでもあるまいし、とか自分に言い訳をしてしまいます。
そのくせやる気になった瞬間から少しの間だけは、その資格を持っている人も呆れるくらいのマニアックな知識を仕入れまくっているのです。
こうやってずるずると5年以上経ってしまいました。
そうこうしているうちに後輩がどんどんこの資格をとり、今さら落ちたら恥ずかしくて受けれなくなってしまいました。
落ちないように勉強すればよいだけの話なのですが、楽な方へ流されてしまい最後まで勉強を続ける自信がないのです。
そうこうしているうちに、この資格の取得がだんだんと上司からの業務命令に変わってきそうな雰囲気になってきてしまいました。
こんな風になる前にもっと若いうちに取得しておくべきだった、と思いながらもなお、勉強する気にならないのです。